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インド学を学ぶ院生(だった人)が日々の出来事を書く日記です。ちなみに、インドに行ったことはありません。
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あーもう過食が鬱陶しい(;´Д`)

なぜこんなにも不安なのでしょう。

吐いたら全身がむくむし

歯も溶けるし

お金が無駄になるし

無益でしかないのに。






空気読めないのがそんなに悪いのか




全く無意味に逆上してみたり。

いや、いのです。

全くもって

読めないやつが悪いのです。







100万回「ごめんなさい」と言いたい。

できるなら体を投げ出して

首や背骨や骨盤が粉々になるまで

憎悪に身を委ねたい。


※以下、読みたい方のみ。


演技じゃないよこれは。

生きるとは即ち自分を演じることであってね

演じることでしか自分を見出せないのさ。

でもこれは演技じゃない。

人生という演技のなかでは意図されない演技が演技としての意味を失っている。

真実であるという自己暗示によって

全ての演技は真実になる。

そうまるで

かの有名な独裁者のように。

しかしそこには演技を演技として傍観する他者としての自分があって

滑稽な自分という他者を軽蔑をもって眺め続けている。

その軽蔑こそが自己嫌悪を生み出し

演技でない自分を探求するという一見無意味な行為に人を奔らせる。

一見無意味。

でもそれが何より重要であることに気付くには

一度停止する必要がある。

停止せよ。

楽屋裏の役者になって

白塗りの顔を鏡の前で見つめるのだ。

この衣装はなんだ。

このポーズはなんだ。

自らに与えられた自分という役柄は

果たして演じるに値するものであるのかと。






いまひとたび楽屋を出て

ライトの眩しい舞台上に上がってみる。

するとそこには

数え切れない数の観客がいることに気付く。

その観客の前では

自分には自分を演じることへの義務がある。

それは無条件に、唐突に自らに課せられた

演じる権利とともに与えられた使命なのだ。

演技をやめるな。

いついかなるときにも

演じなければならない。

たとえ自己中心的な阿呆であれ

尊敬を集める人格者であれ。

自らを照らすライトが消えるまで

演じることをやめてはならない。







って何言うてんねん。

哲学者気取りが。

陳腐な形容やなー。







とりあえず頑張るしかないか。

「吐いても何しても止めてくれへん」とは

真実ですね。

先生、正しい。






ヴォーツーディヒター。

あはー。
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無題
この前までの元気は
どないしたん?(笑)
きむら 2006 . 11 . 14(Tue)19:26:22 編集
無題
<きむら
いや、元気ではあるんやけども。
そうすんなりは行かへんねん。

つらいことは一度にやってくるみたいやで。
うん。そんな感じ。
utata 2006 . 11 . 14(Tue)23:44:41 編集
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